園長の一言♪
朝日新聞の連載に“「障害は個性」、それ本当?当事者が感じる違和感。”こんなタイトルの記事がありました。著者は佐藤仙務(さとう・ひさむ)さん。1991年生まれ。生まれつき難病の脊髄性筋萎縮症で体の自由が利きません。特別支援学校高等部を卒業した後、19歳でウエブ制作会社「仙務」を設立、社長をしています。
今から約20年前に仙務さんがまだ小学生で特別支援学校のとき、今にもこぼれ落ちそうな涙を必死にこらえながら、隣に座る車いすの男の子が授業中の先生に向かって、こう言い放ちました。「普通って何ですか。僕たち障がい者だから普通じゃないことですか」。
授業の一環で、養護学校と一般学校同士による交流会。「普通学校の子どもたちと楽しく遊びましょう」という先生の悪気もなく何げなく使った”普通“という二文字が彼を傷つけました。涙ぐむ彼を見て、「そんな揚げ足取りで」と思った著者。そのあとに続く「ごめんね。でも大丈夫だよ。障がいは個性なんだから」という先生のせりふにより、著者の中で何かが変わり始めました。
そもそも個性とは何なのか。なぜ健常者は使いたがり障害者は使わないのか。障害は個性というと一見ポジティブに聞こえるかもしれないが、「君の障害の個性がいいね」とは言われたことはいまだかってありません。実際問題、多くの障がい者たちは健常者から「障害は個性である」と言われ、困り顔になっています。個性とは自分の障害を受け入れた障がい者が「私にとっては個性です」という時に同調するのがちょうど良いかも知れません。
著者は経営する会社の障害者のスタッフに聞いてみました。「障害は障害です」と悲壮感なく答えが返ってきました。でも、決してネガティブではないし、一社会人として自分の役割を全うしようとしています。理由は一つ。障害は個性だという言葉で自分を美化しなくても、彼らは障がい者以前に、自分の役割と価値を信じ、懸命に生きているからです。